二・二六事件の日。揺れる時代と、急がないという選択

「Goods-Bye」からのお知らせ・ラブドール処分屋店主の雑記

今日は二・二六事件の日です。
1936年のこの日、東京で若い将校たちが蜂起し、日本の政治は大きく揺れました。歴史の教科書では数行で説明される出来事ですが、その背後には理想と焦燥、正義感と未熟さ、そして時代全体の閉塞感があったのだと思います。

大きな時代のうねりは、いつも「今こそ動かなければ」という空気を生みます。
待つことよりも、動くこと。
考えることよりも、決断すること。
そうした圧力は、現代の私たちの暮らしの中にも、形を変えて存在しているように感じます。

大阪の街を歩いていると、せわしないリズムに背中を押されることがあります。再開発の進む駅前、足早に行き交う人々、次々と入れ替わる店の看板。変化は活気でもありますが、どこか「止まってはいけない」という無言の合図のようにも思えるのです。

二・二六事件の若者たちも、止まれなかったのかもしれません。
理想を抱きながら、待つという選択肢を持てなかった。時代が彼らを追い立てたのか、それとも自らが焦りを抱えていたのか。その答えを簡単に断じることはできません。ただ、「急ぐこと」が必ずしも良い結果を生むわけではないということだけは、歴史が静かに教えてくれている気がします。

最近、私は意識して「急がない」という選択を取るようにしています。
すぐに結論を出さない。
すぐに手放さない。
すぐに正しさを決めつけない。

整える時間を持つことは、派手ではありませんが、確実に自分を守る行為でもあります。焦りは視野を狭め、声を荒くし、余白を失わせます。けれど、ひと呼吸おくだけで、見え方が少し変わることがあります。

二月の終わりの空は、まだ冷たい色をしています。それでも、日差しはわずかに柔らぎ、春へ向かう準備を始めているようでした。季節は急がず、しかし確実に進みます。誰かが声を上げなくても、時間は流れていきます。

歴史の中の激しい一日は、今の私にとって「静かに考える日」になりました。
動くことよりも、立ち止まること。
声を上げることよりも、耳を澄ますこと。

今日という日を、少しだけ丁寧に扱ってみようと思います。
焦らず、整えながら。

揺れる時代の中でも、自分の歩幅を守ることだけは忘れずにいたい。
そんなことを考えた二月二十六日でした。

季節の変わり目というのは、目に見えるものだけでなく、心の中に置いてあるものの整理にも向いているのかもしれません。
長く一緒に過ごしたもの、役目を終えたもの、誰にも言えずに抱えてきたもの。手放すという行為は、決して冷たい決断ではなく、自分の歩幅を守るための区切りでもあると思っています。

最近、そうした「静かな区切り」に関するご相談を受けることがあります。
たとえばラブドールの処分について。人に知られたくない事情や、どう扱えばよいのか分からない不安を抱えたまま時間が過ぎてしまうことも少なくありません。

当方では、365日24時間受付で対応しています。
特注ダンボールを使用し、外から中身が分からない形での回収が可能です。秘密厳守で進めますので、近隣や家族に知られたくない場合も配慮いたします。大阪市旭区・守口市周辺を中心に対応しており、工場での処理完了まではおおよそ10日前後が目安です。

急がせることはしません。
ただ、「どうしよう」と迷っている時間が続くことも、心の負担になることがあります。区切りをつけると決めたときに、安心して選べる方法があるということだけ、お伝えしておきます。

必要な方にはクーポンコードのご案内も可能です。
もし節目を迎えている方がいれば、そっとご相談ください。

手放すこともまた、整えることの一つなのだと思います。

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