ラブドールを題材とした小説「ドール」山下紘加

ラブドールについて。処分・廃棄などの読み物

山下紘加さんの小説『ドール』について。ラブドールを題材とした小説です。

ずっと気になっていた作品で、思春期の孤独と精神のひび割れを描いた衝撃的な一冊でした。この物語は単なる青春小説ではなく、読者自身の内面をもえぐってくるような、「読む体験」そのものが試される文学でした。

「ドール」山下紘加の概要

登場人物など

吉沢(よしざわ)
中学二年生の少年で、物語の語り手となる「僕」です。
幼少期から人形への愛着が強く、孤独と歪んだ性意識を抱えています。
ラブドール「ユリカ」を通じて現実逃避を図ります。

ユリカ(ゆりか)
通販で購入したラブドールです。
主人公が同級生の後藤由利香に寄せる複雑な感情から、この名前を付けました。

後藤由利香(ごとうゆりか)
飼育委員を務める同級生です。
主人公の歪んだ憧れが次第に現実の彼女へ向かう、重要な役割を担っています。

今泉将太(いまいずみしょうた)
クラスを支配するいじめっ子です。
主人公への身体的・精神的虐待を繰り返し、物語の緊張感を高めます。

長谷川(はせがわ)
地味で本好きな男子生徒です。
一見おとなしいようですが、主人公と似た「心の闇」を秘めています。

【物語の流れ】

主人公は傷ついた人形をきっかけに、ラブドール「ユリカ」を購入します。
「3か月かけて正式な交際を経て関係を持つ」という計画を立てますが、学校では今泉からの激しいいじめに苦しみます。
体育授業での性的暴行事件を境に、精神的なバランスを崩し始めます…

※以下ネタバレ・詳しい内容は割愛します。

【この作品の特徴】

❶ 「負の共感」を生む描写

主人公の倒錯的な行動に嫌悪を覚えつつも、その思考過程に共感してしまう不思議な感覚を覚えます。
現代社会に生きる誰もが抱える「孤独の闇」を、過激な形で表現しているためです。

❷ 現実と幻想の境界線

ラブドールへの依存が、主人公の心の状態を象徴的に表現しています。
ユリカが汚されるシーンでは、心の傷が目に見える形で表現される点が印象的です。

❸ 人間関係の危うさ

いじめの加害者と被害者という単純な構図を超え、登場人物全員が「闇」を共有している点が特徴的です。特に主人公と長谷川の関係は、鏡に映った自分を見るような不気味さがあります。

読書という名の通過儀礼

物語の主人公・吉沢は、中学二年生。彼は誰にも理解されない孤独と歪んだ性意識を抱え、ラブドール「ユリカ」に救いを求めます。現実ではクラスの支配者・今泉からいじめを受け、唯一の理解者のように見える長谷川との関係も次第に狂気を孕んでいきます。幻想と現実の境界が崩れたとき、吉沢は取り返しのつかない行動へと突き進んでいきます。

読みながら浮かんだ自分の影

この物語を読み進めるうちに、私は幾度となく息苦しさを覚えました。自分にはまったく無縁だと思っていた「倒錯」や「依存」の感情に、ふとした瞬間、共感に近いものを覚えてしまう――そんな感覚が、何より怖かったのです。

ラブドール「ユリカ」は、吉沢にとってただの人形ではなく、現実の苦しみを忘れるための象徴でした。しかし、その幻想が崩れたときの彼の心の崩壊は、あまりにも生々しく、胸が詰まりました。

また、長谷川という人物の存在が印象的でした。一見無害に見えて、実は主人公と同じ暗い淵を持っている。そんな「似た者同士」が互いに引き寄せ合う様子は、人間関係の底にある真実のようにも思えました。

読後に残った沈黙の余韻

『ドール』を読んで思ったことは、私たち一人ひとりの心の中にも、吉沢のような「孤独な部分」が少なからず存在しているのではないか、ということです。もちろん、彼のような行動には出ないとしても、「誰にも言えない痛み」や「理解されたい欲求」を抱えている点では、どこか共鳴してしまう。

読後、しばらく言葉が出ませんでした。物語は終わっても、その余韻は長く心に残り、むしろここからが読者としての試練なのかもしれないと感じています。

エンタメ小説のように明快なカタルシスはありませんが、それでもこの作品には、現代を生きる私たちに向けた、深い問いかけが詰まっていました。読み終えた今、私は少しだけ、自分の心の暗がりにも目を向けてみようと思えています。

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