ふとんの日。眠りの重さと、体を預けるということ

「Goods-Bye」からのお知らせ・ラブドール処分屋店主の雑記

今日は2月10日、「ふとんの日」。語呂合わせの記念日ですが、こうしてあらためて言葉にされると、普段あまり意識しない「眠り」や「休むこと」について考える良いきっかけになります。二月も半ばに入り、寒さはまだ続いていますが、日差しには少しずつ力が戻ってきました。それでも朝晩は冷え込みが強く、布団の存在がいっそうありがたく感じられる季節です。

朝、目が覚めた瞬間に感じる布団の重みには、独特の安心感があります。体の上にそっと乗ったその重さが、「まだここにいていい」と言ってくれているようで、すぐには起き上がれません。子どもの頃から、布団は「一日の始まり」と「一日の終わり」をつなぐ場所でした。風邪をひいたとき、熱にうなされながら天井を見ていた記憶や、遠足の前日に興奮してなかなか眠れなかった夜も、すべて布団の中の出来事です。

大阪で暮らしていると、冬の朝は特に布団との戦いになります。目覚ましが鳴っても、外の空気の冷たさを想像するだけで、体が布団に吸い戻される。暖房の効いた部屋でも、布団から出る瞬間はやはりつらいものです。それでも、布団の中でしっかり体が温まっていると、起きた後の動きが違います。冷え切ったまま起きるよりも、少しだけ余裕を持って一日を始められる。その差は小さくても、積み重なると大きな違いになります。

大人になってから気づいたのは、「良い眠り」は時間の長さだけでは決まらないということです。忙しい日が続くと、つい睡眠時間を削ってしまいがちですが、布団に入る直前まで頭を使っていると、体は休めていないまま朝を迎えてしまいます。布団は、横になれば自動的に回復させてくれる魔法の道具ではありません。体と気持ちの両方を、きちんと預ける準備が必要なのだと感じます。

最近は、布団に入る前の過ごし方を少し意識するようになりました。寝る直前にスマートフォンを見る時間を短くし、照明を落として、温かい飲み物を一杯用意する。そうした小さな段取りだけで、布団に入ったときの感覚が変わります。体が「休む時間だ」と理解すると、布団はよりやさしく、深く体を受け止めてくれるような気がします。

布団という存在は、不思議と「弱っているとき」にこそ力を発揮します。体調を崩した日、気持ちが沈んでいる夜、考えごとが多くて何も手につかないとき。そんなとき、布団に入ることは逃げではなく、回復のための選択です。横になることで、思考が静まり、体の力が抜けていく。その過程自体が、立派な「整え直し」なのだと思います。

ふとんの日に考えるのは、体を預けることの大切さです。日中は、仕事や人間関係で常に気を張り、無意識のうちに力が入っています。布団に入るという行為は、その力をいったんすべて手放す合図でもあります。今日の失敗も、明日の不安も、ひとまず布団の外に置いておく。そうやって区切りをつけるからこそ、翌朝また動き出せるのだと思います。

子どもの頃は、布団の中で考えることはほとんどありませんでした。眠るのは当たり前で、深く考える必要もなかった。大人になるにつれて、眠りは「管理するもの」になりがちですが、本来はもっと自然で、もっと身体的なものなのかもしれません。ふとんの日は、その原点に立ち返るための日だと感じました。

今日は、いつもより少し早めに布団に入り、体を労わる一日にしようと思います。何か特別なことをしなくても、しっかり眠ること自体が、明日への準備になります。
ふとんの日。
体を預け、気持ちを緩め、また明日を迎えるための、大切な一日です。

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