五輪旗制定の日に思う――違いを認めながら同じ場所を目指すということ

「Goods-Bye」からのお知らせ・ラブドール処分屋店主の雑記

今日は、五輪旗制定の日です。

1914年のこの日、現在のオリンピックでおなじみの五輪マークが発表されました。青、黄、黒、緑、赤の五つの輪が重なり合うあのデザインは、世界中で最も知られているシンボルの一つかもしれません。

子どもの頃は、五輪マークを見ると単純に「オリンピックの印」という認識しかありませんでした。競技の映像や開会式の華やかさに目が向き、そのデザインに込められた意味まで考えることはありません。

けれど大人になってから見ると、あの五つの輪が重なっている姿には、どこか不思議な魅力があります。

輪はそれぞれ独立しています。

無理に一つになっているわけではありません。
形も変わらず、自分自身の輪のまま存在しています。

それでも互いにつながり、重なり合っている。

その姿は、人と人との関係にも少し似ているように感じます。

世の中には、本当にさまざまな人がいます。

考え方も違えば、育った環境も違う。
好きなものも、苦手なものも違う。

それなのに、私たちは同じ街で暮らし、同じ時間を共有しながら生きています。

大阪の街を歩いていると、それをよく感じます。

駅へ向かう人。
仕事へ向かう人。
買い物帰りの人。
観光客らしい人。

それぞれ違う目的地を持ちながら、同じ道を歩いている。

誰一人として同じ人生ではありませんが、その風景には不思議な一体感があります。

若い頃は、「みんな同じ方向を向くこと」が大切だと思っていた時期もありました。

意見が一致すること。
同じ考えを持つこと。
足並みを揃えること。

そうしたことが良いことなのだと考えていました。

けれど年齢を重ねるにつれて、少し考え方が変わりました。

本当に大切なのは、同じになることではなく、違いを持ったまま共にいることなのかもしれません。

無理に合わせる必要はない。
無理に理解しきる必要もない。

ただ、お互いに違うことを認めながら、同じ場所で生きていく。

そのほうが、実は難しくて、そして価値のあることのように思います。

六月の空は、すっかり梅雨らしくなってきました。

晴れの日もあれば、雨の日もある。
空模様は毎日違います。

けれど、その変化も含めて季節は進んでいきます。

人もまた同じなのでしょう。

それぞれ違うリズムで歩き、違う景色を見ながら生きている。

だからこそ、ときどき交わる瞬間が面白いのかもしれません。

五輪マークの五つの輪は、百年以上前に描かれたものです。

けれど、その姿が今も多くの人に親しまれているのは、単なるスポーツの象徴だからではないような気がします。

違うもの同士が重なり合うこと。

それは理想論のようでいて、実は日々の暮らしの中にある、とても身近な風景なのかもしれません。

今日はそんなことを考えながら、街を歩いていました。

同じになる必要はない。

けれど、つながることはできる。

五つの輪を眺めながら、そんな当たり前のようで難しいことを、改めて思った一日でした。

タイトルとURLをコピーしました