今日は、明治天皇銀婚式の日です。
1894年の今日、明治天皇と昭憲皇太后の銀婚式が行われました。銀婚式とは結婚から二十五年を迎える節目のことです。今では広く知られている言葉ですが、当時はまだ珍しい祝い事だったそうです。
二十五年という年月を考えると、その長さに少し驚きます。
二十五年前の自分を思い返してみると、見ていた景色も、考えていたことも、今とはずいぶん違っています。街並みも変わり、人との関わり方も変わり、世の中そのものも大きく変化しました。
それでも、人は日々を積み重ねながら生きています。
続けるということは、不思議なものです。
若い頃は、何かを始めることに価値を感じていました。
新しいことへの挑戦。
未知の世界への一歩。
そこには高揚感があります。
けれど年齢を重ねるにつれ、本当に難しいのは続けることなのだと思うようになりました。
同じことを繰り返すという意味ではありません。
続けるためには、むしろ変わらなければならないことが多いからです。
考え方も変わる。
環境も変わる。
体力も変わる。
それでも歩みを止めないためには、その時々に合わせて形を変えていく必要があります。
大阪の街を見ていてもそう感じます。
昔から続いている店があります。
長く愛されている商店があります。
けれど、それらは決して昔のままではありません。
商品が変わり、接客が変わり、時代に合わせて少しずつ姿を変えています。それでも根っこの部分は変わらない。
だから続いているのでしょう。
人との関係も似ている気がします。
長く付き合いのある人ほど、ずっと同じ関係ではありません。
会う頻度が変わることもあります。
話題が変わることもあります。
距離感が変わることもあります。
それでも縁が続いている人というのは、どこかでお互いに変化を受け入れているように思います。
変わらないことを求め続けるのではなく、変わっていくことを自然なものとして受け止める。
その柔らかさが、長い時間を支えているのかもしれません。
六月も後半に入りました。
梅雨空の日もあれば、夏を思わせる強い日差しの日もあります。季節は確実に動いています。
毎年同じように巡ってくるようでいて、まったく同じ六月はありません。
私たちの暮らしもまた同じなのでしょう。
同じ場所で生きているようでいて、少しずつ変わっている。
変わるからこそ続く。
続けるために変わる。
銀婚式という言葉から、そんなことを考えました。
二十五年という年月は、決して特別な人だけが持てるものではありません。小さな積み重ねの先にある時間です。
今日という一日も、振り返ればその積み重ねの一つになります。
何か大きなことを成し遂げなくてもいい。
目の前の日々を丁寧に重ねていくこと。
それがいつか長い時間になり、振り返ったときに「続いてきたのだな」と思えるのかもしれません。
そんなことを考えながら、六月の夕暮れを眺めていました。

