今日から九月です。
暦の上では秋とはいえ、大阪ではまだ夏の続きを思わせる暑さが残っています。それでも、夕方になるのが少し早くなったり、朝の光がどことなく変わってきたりと、季節は確実に次へ進んでいるようです。
そして9月1日は「防災の日」です。
1923年9月1日、関東大震災が発生しました。
東京や横浜をはじめとする関東地方に甚大な被害をもたらし、多くの人の命と、それまで当たり前に続いていた暮らしが失われました。
百年以上前の出来事です。
そう考えると、ずいぶん昔の話のようにも感じます。
けれど、日本で暮らしている以上、地震は決して昔の出来事だけではありません。その後も各地で大きな地震や災害が起き、そのたびに「備えておかなければ」と思わされてきました。
それでも、しばらく何も起きない日が続くと、その意識は少しずつ薄れてしまいます。
非常用の水を買ったまま、気づけば賞味期限が近づいていた。
懐中電灯はあるけれど、電池が使えるのか分からない。
避難場所も、そういえばきちんと確認したことがない。
そんなことは、案外多いのではないでしょうか。
防災というのは少し変わった準備です。
旅行の準備なら、使う日がやって来ます。
仕事の準備なら、その成果を試す機会があります。
けれど防災用品は、本当なら一度も使わないまま終わるほうがいい。
買っておいた非常食を、災害ではなく賞味期限が近づいたから食べる。
備蓄していた水を、新しいものへ入れ替えるために飲む。
懐中電灯を避難のためではなく、動作確認のためだけに点ける。
それが一番幸せな使い方なのでしょう。
「結局使わなかったから無駄だった」
そう思えること自体が、実はとてもありがたいことなのかもしれません。
大阪でいつもの道を歩いていると、そんなことを考える機会はほとんどありません。
電車は走っています。
スーパーには商品が並んでいます。
蛇口をひねれば水が出ます。
スマートフォンを充電しようと思えば、コンセントに差せばいい。
あまりにも普通なので、それが特別なことだとは感じません。
けれど災害は、そうした「普通」を突然途切れさせます。
だからといって、いつ起こるか分からない災害を恐れながら毎日を過ごす必要もないと思います。
怖がることと、備えることは少し違います。
ずっと心配しているのではなく、何も起きていない日に少しだけ準備しておく。
水はあるか。
食べ物はあるか。
停電したらどうするか。
家族と連絡が取れなくなったら、どこで待ち合わせるか。
ほんの十分でも確認しておけば、それで十分意味があります。
そして確認したら、また普段の暮らしへ戻ればいい。
防災の日というのは、そんな日であってもいいのではないでしょうか。
関東大震災が起きた1923年にも、9月1日の朝までは、ごく普通の生活があったはずです。
朝ご飯を食べた人がいて、仕事へ出かけた人がいて、家事をしていた人がいた。
午後の予定を考えていた人もいたでしょう。
歴史の中では「関東大震災が起きた日」として残っていますが、そこに暮らしていた一人ひとりにとっては、それまでの日常が突然変わった日でもあります。
そう考えると、「今日も何もなかった」という一日は、思っている以上に大切です。
ニュースになることもありません。
記録に残ることもありません。
昨日と同じように仕事をして、ご飯を食べて、夜になったら家に帰る。
そんな一日は地味ですが、決して当たり前ではありません。
九月の始まりに、防災用品をほんの少し確認してみる。
そして確認を終えたら、いつもの一日をいつものように過ごす。
今年も非常食を使わなかった。
今年も懐中電灯の出番はなかった。
来年の9月1日にも、そんなふうに言えたらいい。
「備えが役に立たなかった一年」は、きっと悪い一年ではありません。
むしろ、それが一番ありがたいことなのだと思います。
今日は防災の日。
何かが起きたときのことを考える日であると同時に、何も起きていない今日の暮らしを、少しだけありがたく感じる日でもあるのかもしれません。
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